Maruwa-chaen

まるわ茶園


「緑茶好き」の南部茶園

温暖で降水量の多い山梨県南部町は、緑茶の産地として大変恵まれた地域であり、また南部茶の歴史は平安時代にまで遡るほどといわれています。その南部茶の代表的生産農家として挙げられるのが「まるわ茶園」です。まるわ茶園は、現園主である一瀬辰治さんで2代目というまだまだ若い茶園でありながらも、いまでは南部茶の名手として知られています。

一瀬さんのお宅は、もともと林業で生計を立てていました。しかし、60年代頃から南部町近辺の林業が衰退の兆しをみせていたこともあり、一瀬さんたちは新たな農業への転換を迫られたのです。その際、候補に挙がったのが、緑茶農園でした。
初代園主である一瀬さんのお父様は、もともと大変な緑茶の愛飲家であり、緑茶好きが高じて、静岡の安倍へと手揉みを習いに行くほどでした。そして、つねづね「緑茶づくりを初めてみたい」と希望していた事情もあり、一念発起で「まるわ茶園」が創業されたのです。一瀬さんが小学生のときでした。

南部町は非常に緑茶づくりに適した土地でありながらも、静岡と狭山という歴史的に有名な産地に挟まれており、緑茶業界の中では完全な後進地でした。周りに茶園や加工施設も乏しく、まるわ茶園で用意できる機械も小さいものばかりでした。創業当初は茶園の面積も狭く、収穫できる茶葉の量も限られてはいましたが、小さな機械での作業は大変な労力を要し、初代園主は朝から晩まで働きづめだったそうです。そのような父親の背中を眺めていた一瀬さんが、こんなエピソードを話してくれました。

「父が緑茶を作っていたある日、機械で怪我をしたことがありました。その時私も手伝いをしていたのですが、父の代わりに、まだ動いていた機械を初めて使わせてもらいました。それが、緑茶を作った最初の体験です。その時ふと、自分も将来、緑茶を作る道に進むのだろうと思いました。まだ小学生だったんですけどね(笑)家族の助けになりたかったんです」

実際、静岡の学校を卒業した一瀬さんは間もなく就農し、精力的な活動を始めました。ゼロからスタートしたまるわ茶園は、少しずつ茶畑の面積を広げ、南部茶を代表する茶園にまで成長したのです。

しかし、その一方でまるわ茶園を、そして緑茶農家全体をひとつの壮大な陰りが覆いはじめました。深刻な緑茶離れです。

環境を映す個性的な緑茶の味

改植による緑茶の再生事業かつて緑茶は大衆的な飲料であり、新茶の時期になると「一年分」の緑茶を購入する人が当たり前のようにいました。また、企業でも急須で淹れるお茶を求めることがほとんどであり、そのような周囲の状況に支えられ、まるわ茶園は経営を軌道に乗せることが出来たのです。しかし、コーヒーや紅茶、ジュースといった様々な飲料の登場や、ペットボトルの緑茶の販売により、次第に緑茶離れは加速、そこへ大手企業参入も加わり、廃業に追い込まれる緑茶農家や問屋が続出しました。そのような過酷な状況の中に、まるわ茶園も追い込まれることになったのです。

しかし、一瀬さんは決してあきらめませんでした。むしろ、このような状況だからこそ、より面白い、差別化した商品を生み出すべきだと考えたのです。

一瀬さんは常々、緑茶の良さは一つでなくても良いという価値観を持っていました。
まるわ茶園の創業当時から、緑茶の主流といえば静岡の「深蒸し煎茶」でした。濃厚な色と火香の強い緑茶が、静岡という名産地で作られることから、消費者も深蒸し茶を求める傾向があったのです。それに合わせるように、周辺地域の茶園でも深蒸し煎茶を作り始めるようになりましたが、一瀬さんは違いました。同じことをしても、ブランド力のある静岡には勝てないと考えたのです。

「お茶は周辺の環境を敏感に吸収して育つ植物なんです。だから、ひとりひとりの農家が作るお茶は、全部違った成長を見せます。南部町は一日の温暖さが激しく、そのような地域で育つ緑茶は、苦みや渋みが抑えられ、代わりに旨み、甘味が引き立つといわれています。無理に加工を施さなくても、環境という独特な「味」を持つお茶を丁寧に揉んで作ることこそが、実は差別化の一環だと思うんです」

一瀬さんたちが作る緑茶は「普通蒸し煎茶」です。その水色は金色透明と呼ばれる薄い緑色ですが、非常に濃厚な旨みを感じることが出来、確かに静岡や狭山の深蒸し茶とはまるで異なる味わいを感じることが出来ます。実際に、今では南部茶のほとんどが普通蒸し煎茶で作られているようです。

そのようにして、南部という地域を最大限に生かした一瀬さんですがが、インタビューの間に次のような面白い言葉を残してくれました。

緑茶の可能性を追求したい

茶師として目指すものとは何か「こだわりを持たないことが、私たちのこだわりかもしれません」

まるわ茶園のこだわりを訊いた時、そのような意外な答えが返ってきたのです。

「こだわりを持つと、求めるべきものが常に一つになってしまう。曲げられなくなるというのでしょうか。でも、和紅茶やフレーバーティーに代表されるように、緑茶には様々な可能性があります。私は色々な情報を得ながら、自分たちの緑茶にそれらを応用していきたいのです」

現在、まるわ茶園には「ゆず煎茶」というブレンドティーがあります。南部の浅蒸し茶と富士川で採れた穂積のゆずの皮を合わせたものであり、香りづけをしただけのフレーバーティーとは異なる豊かな味わいを楽しむ事が出来ます。
また、一瀬さんが現在取り組んでいる新商品は、山梨のフルーツを使った緑茶と果物のブレンドティーだそうです。山梨の果物を用いた緑茶はまだ世に出ておらず、もしかするとまるわ茶園が山梨フルーツティーの発祥地になるかもしれません。実際、そのような取り組みの裏には、緑茶を通じて「山梨」という文化を発信していきたいという一瀬さんの思いもあるようです。

「南部茶という芯があれば、いくらでも枝葉を伸ばしていける。その可能性を広げていく作業が、緑茶の楽しみなのだと思います」

まるわ茶園を支える開拓精神

ふたたび緑茶の文化を広めていきたいところで、今回のインタビューを通じて、とても印象に残ることがありました。インタビューを受ける一瀬さんの隣で、奥様が真剣にメモを取り続けていたことです。ふとお店を見渡してみると、緑茶をテーマにした大量の本が並べられていました。確認したところ、まるわ茶園が掲載されているページには丁寧に付箋が貼られていました。恐らく、研究熱心な奥様が勉強されたのだろうと思います。

帰り際に、奥様にもお話を伺ってみました。

「売れない」と言っているだけでは何も変わらない。色々な策を考え、講じていかなければならない。最近では携帯電話も、必要ないと思っていたスマートフォンに買い替え、Facebookを始めた。不慣れな投稿だけれど、少しでもこの茶園の情報を発信できたら、と一生懸命に語ってくれました。
また、将来的には家の隣にある空き家を改装し、緑茶カフェを開いたり、緑茶スイーツを販売したいという展望までお話して頂きました。ご主人も個性的な緑茶づくりだけでなく、パッケージやロゴデザインにも美意識を持たれているようです。

まるわ茶園という若い茶園が、南部茶を代表する生産農家として挙げられる理由を垣間見たようでした。

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